2010年08月11日

愉気と過ごす日々

愉気はもともと、気を輸るという意味で、「輸気」という漢字で書いていたそうです。

しかし、雑念や心配の気持ちを気に乗せて相手の身体に送ってはいけない、明るく、澄んだ、陽気な、愉しい気を相手に伝えていこうということで、「愉気」と改められたそうです。

愉気についていろいろと書いてきましたが、説明が細かすぎて「やっぱり愉気は難しい」と思われた方がいらっしゃるのではないかと思います。

確かに愉気は奥が深いです。

技術として追求しようとしますと、どんなに経験を積み重ねている先生でも、この愉気の深みはなかなか簡単に極められるものではないと思います。

もちろん、私のレベルもまだまだ未熟で、日々修行です。

ですが愉気というのはある反面、愉気の特性からしまして愉気の経験はさほど必要でもないのです。

どういうことかといいますと、もともと愉気とは知識と経験で行なうものではなく本能で行なうものだからです。

たとえば、小さい子供さんに愉気をする場合、私が愉気をするよりも、子供さんのお母さんの愉気の方がよく通る場合もあります。

それは、私には敵わないお母さんの深い愛情、そして子供さんのお母さんに対する信頼があるからで、愉気には知識や経験を乗り越えてしまう側面もあるのです。

私は愉気の難しさをお伝えしたいのではなく、ぜひご家庭の中に、ご家族の健康のために、愉気を日々の中に取り入れていただけたらと思うのです。

実際のところ、この文章だけではなかなか伝わりにくく、実技を踏まえなければイメージが湧きにくく実感がもてないと思います。

ただあまり深刻にならずに、気軽な気持ちで、「なんとなく気になるところに手を当ててみる」ということから始めてみてもよいと思います。

手を当てているところに意識を向けて、ゆったりと静かに呼吸をすればよいのです。

手のぬくもりを相手に伝えていくようなつもりでゆったりと呼吸するだけでよいのです。

私の整体室に来てくださっている方は、どうぞご質問ください。

「気」というものはとても面白いもので、お互いの身体を共鳴する特性があり、相手の身体に手を当てているだけで自ずと「気」の感応が起こり、たとえ手を当てているポイントが相手の身体が要求しているポイントではなくても、つまり身体のどこに手を当てても、愉気によって互いの身体が感応し合うとお互いの身体の働きが活発になり、元気になるのです。

身体のどこかに痛みを抱えている人でも、慢性的な症状がある人でも、ただ単に疲れているだけの人でも、ぜひお互いに手を当て合ってみてください。

人に手を当てられるのは想像以上に気持ちの良いものです。

愉気を受けている最中に眠ってしまう人がよくいますが、それほど心地よいものなのです。

繰り返し言いますが、愉気は誰にでもできます。

赤ちゃんに触れるお母さんの手は愉気に溢れています。

お母さんに抱きつく赤ちゃんの手も、やはり愉気に満ち溢れています。

そういう手に触れられるだけで、心は和み癒され、身体も弛むものです。

あまり難しく考えず、構えず、気楽に楽しく、優しい、幸せな気持ちで、ぜひ愉気を日々の暮らしの中に取り入れてみてください。


★お付き合いくださり、ありがとうございました・・・感謝していますface02

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